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【アラベスク】  第17章 来し方の楔



第2節 想われ心 [11]




「あぁ、行ったぜ」
「シロちゃんを呼び出したでしょ?」
「まぁな」
「それで、あれこれ怒鳴りまくったでしょう?」
「それは嘘だ」
 聡はすばやく立ち上がる。立てば聡の方が高い。
「俺は別に怒鳴ったりはしてねぇ」
「でも、そう聞いた」
 自分を不審そうに見上げていた視線を思い出す。
「あの女か」
 チッと舌を打つ。
「あの女?」
「田代の護衛みたいな女が居た。俺の事、最初っから嫌な目でジロジロ見てた」
「だってそうでしょう? 誰だかわからない人間が来たら、誰だって不審に思うでしょう?」
「不審に思ったら、どんな目で見てもいいのかよ?」
「あのねぇ」
 ツバサは苛立ちを抑えるように首を振る。
「あの施設にはね、いろんな問題を抱えている子がたくさんいるのよ。親に虐待された子とか、義理の父親に乱暴されそうになって人間不信になっちゃったりした女の子もいる。そういう事をした親はね、突然子供が恋しくなって、会いに来たりするの。会っちゃ駄目って決まってても、あれこれ手を使って施設から連れ出そうとする親だっているのよ」
「俺が田代の親に見えるか?」
「直接は来ないで、他人を使ったりする人もいる。世の中にはね、お金もらって子供を攫っちゃう事を仕事にしている小汚い人間だっているのよ」
「へぇ」
 聡は口元を緩めた。
「で、俺はそういう輩に見えたってワケか」
「別に、金本くんを特別にそういうふうに見てたってワケじゃないと思う。誰に対しても、警戒はしてるのよ。特にシロちゃんは夏にあんな事件があったし。最近は突然外に出たり、帰ってきて部屋に閉じ籠もったり」
 聡と美鶴が向い合う現場を見てしまった日も、唐渓の校門で聡に抱きついてしまった日も、里奈は帰るなり部屋に閉じ籠もってしまっていた。
「精神的に不安定なんじゃないかって、ボランティア同士で話し合ったりしてたの。だから心配して」
「もういいよ」
 ダラダラと説明されたって、疑われて誤解された事には違いない。
「それに、どうせ田代があれこれ言ったんだろう? 一方的に怒鳴られたとかって」
「シロちゃんはそんな事は言ってない。むしろ」
 そこでツバサは少し声のトーンを落す。
「むしろシロちゃんは、金本くんを(かば)ってた」
 金本くんは何にも悪い事はしていないと言い張る里奈の姿を思い出す。
「ねぇ、金本くん、なんで突然、シロちゃんなんかに会ったの? 突然だよね?」
「田代に聞けば?」
「聞いたよ。金本くんと何を話したの? って、みんなが聞いてた」
「で?」
「でもシロちゃん、何でもないって、教えてくれないの」
「ふーん」
「普段のシロちゃんならそんな事ないのに。初めの頃はなかなか口を開かない子だったけど、今は、こちらが根気良く聞けばちゃんと話してくれるようになってきたの」
「まぁ、人に頼る事を生きる術としている奴だからな」
「そんな言い方っ」
 憤慨する相手を見下ろす。
「田代が言わねぇんなら、俺が教えてやるよ。別に隠す事でもねぇしな」
 そう言って少し身を乗り出そうとして、だが途中で動きを止めた。
「美鶴」
 入り口でジッとこちらを見ている。
「美鶴、いつから?」
 瑠駆真も驚いたように頬杖を解く。
「いつ戻ってきた?」
「今だよ」
「じゃあ、今の話は?」
「お前、里奈に会いに行ったんだ」
 聡は硬直した。美鶴はゆっくりと中へ入ってくる。
「俺は、ただ」
「何だ? お前の行動はお前が決める事だ。私には関係ない」
「俺はただ、これ以上関わるなって言いに行ったんだ」
 首を振ると、背中で結った髪の毛が揺れる。
「いきなり好きだなんだと叫ばれて、抱きつかれて、こっちは迷惑なんだ。それに、アイツは澤村の件やらなにやらで美鶴にだって迷惑掛けてる。だから、もう俺たちに関わるのはヤメロって」
「そんな事言ったのっ?」
 ツバサが遮る。
「あぁ、言った」
 開き直るかのように断言する。
「俺たちには関わるなと言った」
 そこで一度、息を吸う。
「嫌いだと言った」
「酷い」
「ハッキリ言ってやった」
 悪いだなんて思っていない。だって、本当の事だから。
「酷いっ サイテー」
「なにが最低だ。本当の事だ。俺はあんなメソメソしただらしのない女、大っ嫌いなんだっ!」
 大きく腕を振り、大声で叫ぶ。その腕を、強く誰かに捕まれた。勢い良く振り返ると、美鶴と視線が合った。
「言ったのか?」
「え?」
「嫌いだと言ったのか?」
 なぜだか強い視線で見上げられ、聡は一瞬たじろいだ。だがそれは一瞬だけ。
「あぁ、言った。本当の事だから。俺が好きなのは美鶴だけだ。それは美鶴も分かってるだ―――」
「謝れ」
 鋭く遮る。
 その場の誰もが目を見張った。
「謝れ。里奈に謝れ」
 周囲の反応になど目もくれず、美鶴は真っ直ぐに聡を睨む。
「今すぐ謝れ。謝りに行け」
「なに、を?」
 戸惑う聡。そんな相手を見上げながら、美鶴はフツフツと腹の底から怒りが沸くのを感じた。
 なぜ私は腹を立てているのだ?
 自分で自分が理解できない。







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